2000年02月号
発行こぶし編集部
第139号
『中高年のリストラ』大月 康義

1.沈まぬ太陽
今年の正月はゆっくり本を読む時間がとれたので,話題の山崎豊子作「沈まぬ太陽」全5巻を読んだ.
この作品は実在する航空会社であった超リストラともいうべき出来事をモデルにして描かれている.今,リストラがおおはやりで中高年の自殺も増加している.リストラと言っても本来のリストラクション(再構築)ではなく,現実は首切りの口実に過ぎずターゲットにされた中高年が戦々恐々としているのが現実である.
「沈まぬ太陽」の主人公は有能でありすぎるがために会社から危険視され最貧国の一つであるパキスタンのカラチ,灼熱のイランのテヘラン,ケニヤのナイロビへと左遷されつづけた.
その間10年.私も学生時代インドへ行ったことがあるが,40度を超える暑さ,夜になると蚊が襲来し蚊帳の破れ目から大挙して入り込んできて体中刺され,生水を一口飲んだら激しい下痢に見舞われ脱水状態になってしまったり,とにかくあちらの生活は過酷だった.
そんな所に家族と将来のあてもなく暮らす羽目になったら精神的重圧はすさまじいものだろう.
もちろん辞めさせるための嫌がらせ人事なのだが主人公は日本にいる支持者を思いそれに耐えつづけた.この主人公は実在するらしくその精神力は敬服に値する.
このような人物は今となっては少なくなってきているのだろう.

2.中高年でのリストラ
私の友人で大手の商事会社へ就職した男がいるが,彼は業績をあげロンドン支店へ栄転したのだが何を間違ったか,その次に内戦の続くアフリカのある国へと転勤させられ,一方の政権と商談が成立したとおもったらその政権がたおされまた次の商談を新しい政権と締結するとまたその政権は倒され,彼もつかれはて40代にして退職を決意し,今は老人ホームの経営をしている.
この商事会社の内部にもいろいろな勢力のせめぎあいがあるのだろう.
このように企業から中高年になって出されるという事態はここ数年の現象である.
もちろん以前は年功序列終身雇用で一度大企業に入ったらそれこそ墓場まで面倒をみてくれた.そのようなつもりで就職し何十年も働いた挙げ句に解雇されたら,あるいは解雇同様の職場へと追いやられたらその時の精神的重圧は極めて厳しいものであろう.
途中で会社をかわるという習慣のないこの国で育ってきたものが突然その慣習が変わってしまったのだ.そのせいでもないだろうが今の若いサラリーマンは自分の地位を上げることより実力をつけることに熱心であったり,入社して1年もたたないうちに退職し新たな職場を探したりといったスタイルの生き方へと変わってきているようである.
組織の中でより良い地位を獲得する技能を身につけるのではなく,企業の外にも通用する技能を身につけこの変わりゆく社会に適応しようとしている.
しかし,今,中高年でリストラされる人たちの中ではこのような技能を身につけている人は少ないようである.山一証券,拓銀の倒産のとき若い層から再就職が決まっていったことからもそのことが伺える.彼らは組織を信じ組織にすべてをゆだねていたのだろう.
山一証券の社員は自社株を買っている人が多かった.その株価が0になるまで,すなわち会社がつぶれるまで持ち続けていた人たちがたくさん居たそうである.幹部役員は会社がつぶれると知り早々と売却したそうであるが.そこまで会社を信じて生きてきた人たちが突然その価値観を変えよと言われてもすぐには適応できないであろう.
中高年に到ってからの突然の価値観の変換は精神的に多大なストレスとなる.社内だけを見ていた視点から社会を見渡す視点への変換が必要である.すぐ再就職し別の社内を見るだけではこれからの社会変動についていけなくなる.
組織から出ることで別の視野が開けてくる.私もある企業を辞めしばらくプー太郎をしていた時期があるのだがその経験は今にして思うと自分や世界を見直すとても良い機会であった.
突然の価値観の変換に適応するのは難しい.しかし組織というしがらみから離れ自分や世界を考える機会でもある.本当のことも見えてくる.
ある意味で精神的には自由を取り戻せる.抑うつ状態になる前に気持ちの切り替えができたならきっとクリニックへ来ることは無しで済ますことができるだろう.

・お知らせ
傘を始めとした忘れ物がたまってきました。
それら全てを平成12年2月末日までの3ヶ月間、待合室内においておきます。ご自分のものであると確認できたものはお持ち帰りください。
平成12年3月の時点で残っているものに関しては、真に勝手ながら当院で処分させていただきます。
ご了承の程よろしくお願いいたします。【札幌こぶしクリニック】