こぶし

こぶしだより 2010年11月

2010年 11月 『心の声に耳を傾けて』 藤田 毅 (こぶしだより 第266号)

■もう11月
 早いもので今年も残すところ後2ヶ月。
猛暑が去ったと思ったら、10月には気合いの入った初雪。
今年の冬は寒くなりそうだし、天候に振り回されっぱなしの感じだ。
 急に寒くなったためか、風邪をひかれている方が急増しているので、ご注意を。
そろそろインフルエンザも出てきているようだし・・・。

■講演
 10月30日に自殺に関連した「こころの声に耳を傾けて ~ こころと命を守るために」と題した講演を江別市でさせていただいた。
 通院中の方々も多数来ていただいて、本当にありがたかった。
この場を借りて御礼を申し上げたい。
そこで、今月のこぶし便りは、この講演のエッセンスをご紹介しようと思う。
 今回の話の中心は自殺問題。
平成10年に3万人を越えた全国の自殺者数は、それから12年経った今も尚3万人を下回る事がない。
これは明らかに異常事態だ。
そこで、自殺の背景や傾向と、その原因として忘れてはならないうつ病を始めとした精神疾患について講演では話をさせていただいた。

. ■自殺者の傾向
 上述の通り、日本の自殺者数は、平成10年に3万人を越えて以来、現在までの12年間、それを下回った事がない。
北海道に関しても傾向は同じで、平成10年に1500人を越えて以来、年間1000人を下回ることなく現在に至っている。
 自殺の主体は、30~50歳を中心とした働き盛りの男性だ。
自殺者数ではなく、自殺者比率で見ると、女性は現在まで同じような比率で推移しているのに対して、男性は平成10年以降、急激に上昇している。
 そして、自殺の理由としては、一番多いのが昔から健康問題だが、それに肉薄する勢いで経済問題が増えてきている。
 これらの事から、働き盛りの男性がリストラなどで仕事を奪われたり、減給等により生活が困窮し、債務等に苦しんだ末に自殺を図るという様子が見え隠れする。
確かに多重債務に苦しみ、死を選択する人は後を絶たないし、不当解雇や労働条件の悪化で労災申請をする件数もうなぎ登りだ。
 しかし、最近の失業率のわずかな改善と照らし合わせると、自殺率が高水準で推移する理由には、経済苦だけではない何か別の理由があるように思える。

■国の対応  このような状況の中、さすがに国としても黙殺する訳にはいかなくなった。
そのため、2006年には自殺対策基本法を制定。
2007年には、自殺総合対策大綱を作った。
世界広しと言えど、自殺対策で法律(議員立法)を制定した国はない。
それだけ切羽詰まっているとも言える。
これを受けて北海道でも平成20年11月に自殺対策行動計画を策定した。
 この中で、自殺対策の基本認識として3つの事が明記されている。
一つ目は「自殺は追い込まれた末の死」として、様々な悩みが複合的に原因となり、社会とのつながりが薄れ、役割を喪失している状況で追い詰められるのだとしている。
二つ目は「自殺は防ぐ事ができる」として、失業・倒産・多重債務・長時間労働などの経済的・社会的要因などの制度見直しや相談・支援体制の整備を整えるべきだと言っている。
また、健康問題や家庭問題での専門家への相談も必要だとも言っている。
そして三つ目に「自殺を考えている人はサインを発している」と指摘している。
いつも生きたい気持ちと死にたい気持ちが激しい葛藤を繰り返し、不眠や原因不明の体調不良などのサインを出すのだとしている。
 この提言では、自殺を理解し得るものとして捉え、一人一人が正しく自殺の背景を分かり、その兆候に気付き、早期に対応しようという事が盛り込まれているのだ。
 確かにその通りで、自殺に対する皆の認識が向上すれば、防げる不幸も沢山出てくるだろう。
しかし別の見方をすれば、「サイン」がつかまえられ、「防ぐ事ができる」はずの自殺で、大事な家族を失った遺族はどう思うだろうか。
いつも一緒にいた遺族は、サインを見逃し、防げるはずの自殺を防げなかった人々ということになりはしないだろうか。
 私の印象では、予測不可能な自殺もあるし、どうしても防げなかったとしか考えられない自殺もある。
サインを見つけて、自殺を防ごうとする努力は大切だ。
しかし、中にはどうしようもない、周囲の努力だけでは如何ともし難い現実もあるのだ。
それを考慮しないと、自殺予防のためのスローガンが、悲しみに打ちひしがれる遺族の首を絞める事にもなりかねない。
せめて断定的な言い方は避けるべきだと私は感じる。

■自殺と病気
 自殺の原因の大半は「何らかの精神疾患」であると言われている。
それまで精神疾患を患っていなくとも、追い詰められ、思い詰めた末に、うつ病なり、適応障害なりの精神疾患になって、自殺に足を踏み出してしまうということが、そこには含まれる。
だから、死ぬしかないと思い詰めている人には、「治療」が必要だと考えられている。
 原因疾患としては、主にうつ病だが、他にも統合失調症、依存症、不安障害、認知症など多岐に渡る。
それらの存在を極力早期に発見し、早期に治療のラインに乗せることが自殺予防のためには重要だ。
しかし、それは精神科医に診せておけばそれで安心という単純なものではない。
家族や地域や行政も含めた複数のネットワークで総合的に支えていく必要がある。
それでなくとも精神疾患は長期加療と周囲の支援が必要なものが多い。
希死念慮を有している場合は、余計に丁寧なサポートが必要となる。
 また、周囲が支援しようとしても、自傷行為や問題行動を繰り返してしまう人達がいるが、彼らはえてして自殺の素振りだけで本当には死なないだろうという風に思われがちだ。
そう考える専門家も多い。
しかし実際には、自傷行為を繰り返す場合、自殺のリスクが高くなると言われている。
狼が来たぞと嘘をつく少年の話のように、いつの間にか周囲が自傷行為に慣れてしまうと、周りが安心した時に本当に自殺に至ってしまうかもしれない。
そういった人々を支えるためにも、こうしたネットワークは極めて大切なのだ。

■自殺の背景
 現在の自殺の中心である中高年の人々は多数の複合的な悩みを抱えている。
経済問題や健康問題や家庭問題などなど。
それらがいくつも重くのしかかり、やがて疲れ果て「あきらめ自殺」という自殺に至る。
疲れきって色々な事をあきらめてしまうのだ。
 こういう人達を孤立させないための心から相談できる相手がいてくれれば、どんなにか違っただろうにと思えて仕方ない。
諦めてしまう前に何かできなかったか・・・、それを残された人々はずっと自問し続ける事になる。
 また、日本人の特性とも言えるが、死を個人の問題と捉える傾向がある。
人は社会的動物なので、一人の死もまた周囲を巻き込んだ社会的問題であるはずなのだが、自分が死んでも誰にも迷惑をかけない、自分自身の問題と考える傾向がある。
これも自殺に至りやすくなる要因だ。
他にも、死んで詫びるという考え方をするし、輪廻転生という生まれ変わりの概念を受け入れやすいのも自殺に流れていく誘因になっている。
 これらの要素が自殺の背景にはある。

■自殺の予防と危機介入
 我々は社会的動物だ。
一人で生きているように見えて、本当は一人では生きていない。
目に見えていなくても、互いの支えの中で生かされている。
その人間関係が病気や苦悩の原因になることもあるが、逆にそれが人の窮地を救う事も事実だ。
 自殺という不幸な現実を回避できる大きな力を持っているのが、人とのつながりだと私は思う。
そのつながりが例え一時的であろうとも、受容と連帯感があれば、人の孤独を救い、自殺から救い出してくれると思いたい。
 死の誘惑にとりつかれているなら、手を差し出して欲しい。
それをしっかりと掴み、引っ張り上げてくれる手がどこかにあるかもしれないのだ。
諦める前に手を伸ばしてみてくれたら・・・と切望する。
 そういう時に落ち着いて危機介入できるように、自殺の問題について一人一人がじっくりと考えてみる機会を作って欲しいと思う。
それはあなた自身のためでもあるのだから。