2010年1月号
発行こぶし編集部
第256号『仕事の能力』
藤田毅

・謹賀新年
新年明けましておめでとうございます。
昨年一年間は皆さんにとってどんな年であっただろうか。
新年を迎え気持ちを新たにされる方も、休みも取れず区切りのないまま疲れきっている方も、それぞれ色々な事情の中、2010年は訪れた。
今年は、札幌こぶしクリニックの15周年にあたる。
これまで沢山の方とお会いしてきたが、少しは役に立てていればいいものの、反省しきりの日々である。そんな非力な診療所がこうして15年間もやってこられたのは、周囲の方々の支援と何より皆さんが我々を信頼してきてくれたおかげと、心から感謝している。
今後ともよろしくお願いします。
さて、今年は皆さんにとって、どんな一年になるだろうか。

・社会復帰
当院に限らず、就労されている方々の通院者は多い。
不況のため、リストラは免れても人件費を極力まで抑えられて、少人数で従来の業務をこなさなくてはならないのだから、当然一人当たりの労働量は際限なく増えている。
そうなれば、過労はもちろんのこと、そこからさらに循環器疾患、消化器疾患や脳神経系疾患など種々の身体疾患をまねく。精神疾患も例外ではない。
うつ病、適応障害や神経症圏の数々の病気・・・。
それらがもたらす損失は計り知れない。例えば、うつ病に代表される気分障害の場合、少なくとも3ヶ月、慢性化すれば何年も本来のパフォーマンスを発揮できない状況が続く。
そのためどうしても一線を退いて、療養をしなくてはならない。
現代精神医学では、十分な休養こそが一番の薬となっているのだから。
1月ともなると、病気のためにこうして長期休職を余儀なくされた方々が、何とか春の復職を目指そうと本格的な準備に取り掛かる。
その中で、生活リズムを取り戻したり、体力をつけるために運動をされたり、職場に軽く顔出しをされたりしておられるだろう。
そしてそれは素晴らしい効果をあげていると思う。
こうした中、無事、復職にこぎつけ、短時間勤務などのリハビリ勤務を経て、第一線に戻られた方も大勢いらっしゃるが、残念ながら、あっという間に病状が再燃し、再び休職せざるを得なくなった方も沢山おられるだろう。
では一体、何がこの明暗を分けたのだろうか。何が復職の妨げとなったのだろうか。そこには、これまであまり語られなかった精神医療の落とし穴があるのだ。

・復帰の基準
皆さんは何を基準にして、ご自分が良くなったと判断されるだろうか。例えばうつ病の場合だと、憂鬱な気分が取れたとか、意欲が出てきたとか、余計なことばかり考えないで済むようになったとか。
もちろん、それらは良くなったサインである。気分が軽くなるだけでも、それまでの苦痛の毎日から比べれば、とても快適。
仕事を休んだ時はもう働けないのではないかと思っただろうが、自宅療養が長くなって気分も良くなると、何だか普通に働けそうな気持ちになってくる。もちろん元気だった時のようにはいかないかもしれないが、それでも特別な事でもなければ、何とかうまくやれるのではないか・・・という気持ちになる。
実際、仕事に限らず、元の状態に戻っていくためには、この「大丈夫かも」という漠然とした自信は大いに役立つ。精神疾患の治療では特に、良くなるかもしれないという思いが、一気に状態を改善させる場合が多い。
しかし、そうした心構えだけでは乗り越えられない大きな壁がその先にあるのだ。それが皆さんの復職を拒み、再び自信喪失の暗黒に引きずり込んでしまう。

・復職の基準
よく復職やリハビリ勤務の話になると、医療上の回復と労働上のそれは異なるという話が出てくる。
自宅にいて、特段の心的負荷もない状況で、医療上は安定しているとしても、それは復職後の就労時の回復とは一致しない。
その間には歴然とした差がある。
それは何となくイメージできるのではないだろうか。
働くには、もう一段上の何かが足りないような気がする・・・とか。
まさしくその差が上述の大きな壁なのだ。そしてその正体は、”認知機能”である。
”認知”という言葉は、このこぶし便りでも何度も登場したし、認知症という病気もあるから、耳慣れておられるだろう。認知とは、物事を捉える、認識する能力である。
うつ病の方々は、同じ出来事に対しても自信がなかったり、極端に悲観的に考えたりしてしまうため、そういう独特の思考パターン(認知)に陥ってしまっている。
だからそれを修正するために認知療法が必要になるのだし、かつて痴呆と呼ばれていた脳の疾患は、時間や場所や人の顔などを正しく認識する(認知)ことができなくなってくるため認知症と呼ばれるようになったのだ。
この認知機能は、就労する上で必須の能力だが、これまでの精神医療では、この改善にあまり力を入れてこなかった。それが現代の復職機能不全につながってしまっている。

・仕事に必要な認知機能
復職には認知機能の回復が必要である。仕事をするためには、記憶力、判断力、実行能力などが必要だが、例えば、気分は良くて意欲があっても、大量の案件を判断し、処理していくためには、ある程度の処理速度を持った頭の回転が必要になってくる。目の前の仕事を期日までに仕上げるためには、どの程度のスケジュールを組めばいいか判断し、それを的確に処理し、片付けていかなくてはならない。
そのような実行機能を、長期休暇の後ですぐに発揮しろという方が無理である。
気分がどんなに良くても、物事を判断したり、不測の事態に迅速に対応したりするための、処理能力や柔軟性は、気分と一緒にすぐに改善するものではないのだ。
従来は、そのためにリハビリ勤務というものに期待が集まった。気分や意欲が改善しても、処理能力・実行機能に十分な改善がないため、まずは仕事量を減らし、勤務時間を短縮して、貧弱な認知機能でも何とか勤まるような労働条件を設定して、その中で少しずつ機能回復を目指したのである。
もちろん、それは成果をあげ、今や公務員や多数の企業で当たり前の制度となっている。
しかし実態はというと、企業全体で取り組んでいるところは少なく、直属の上司の負担となったり、ルールを決めたはいいが、融通性がなく、個々の事例に適合しなかったりと、いくつかの問題点も明らかになってきた。
しかも何より、企業自体はリハビリ施設ではないのだから、そこまでの義務があるのか、という議論もある。
それに対して、これまでの精神医療は、従来通りの面談を通してのみの精神療法に終始したり、仕事とは程遠い流れ作業のような単純作業をやらせる作業療法でお茶を濁してきた。
それなのに、自戒を含めて言うが、当たり前のように復職可能という診断書を書いて、働けますよと断言してきたのだ。それが落とし穴だ。
主治医がOKと言っているのだから、企業にしてみれば、仕事をやれるはずだと思うのが当然。
しかし実態は違う。
認知機能が十分に回復していないケースは実に多い。
そんな中で最近盛んになってきたのが、リワークプログラムである。
これは特定の医療機関などで行っている集団療法のひとつで、模擬事業所を設置し、そこに通いながら、より実践に近い作業をしたり、ミーティングを繰り返したり、集団精神療法の手法をふんだんに取り入れて、この認知機能の改善に努める機能訓練である。
これにも問題がない訳ではないが、こうした取り組みを通して、徐々にではあるが、就労には何が必要なのかが一般に知れ渡り、回復させるための手立てを早々に打てるようになりつつある。
今後、休職のあり方や復職の判断などについて新たな認識と制度が生まれてくることを期待してやまない。

・今年の医療・福祉はいずこへ
昨年の一文字は「新」だったが、今後数年で医療の分野でも後期高齢者制度や自立支援法などに廃止や新制度創設など”新しい”流れがありそうだ。いずれも我々に深い関係を持つ制度だけに注目していきたいが、せめて病気で苦しんでいる人たちなど弱者が切り捨てられる世の中にだけはなって欲しくないと切実に思う。
皆さんも他人事と思わずに、一緒に注視して、発言してもらいたい。

末筆ながら皆さんにとって今年が良い一年でありますように...。