こぶし

こぶしだより 2005年01月号

2005年 1月号 発行こぶし編集部 第197号 『ゆとりのある生活』 藤田 毅

■謹賀新年
 明けましておめでとうございます。
 皆様にとっての平成16年はどんな年だっただろうか。
私にとってはとても大きな出来事がいくつかあった年で、ある意味では区切りとなる年だった。
そして、今年、こぶしクリニックは開院後満10年を迎える。
1995年の7月に植苗病院のサテライトだった当クリニックを恩師の三田村先生と新たに始めたのが、つい最近の事のように思える。
 果たしてこの10年、私達は何を成し得ただろうか。考えると悲しくなるが、あの当時、一番の目標と掲げた地域医療の役目を少しでも果たせているなら良いのだが、単に日々の診察に忙殺されているだけの繰り返ししかしていないかもと思うと、ぞっとする。
開院して間もない頃、当院の臨床心理士として活躍していただいている青柳先生に、「誠意」こそ大事で、それを忘れてはいけないと教えていただた事がある。
以来、私の中ではこぶしクリニックの大切な理念の一つにこの「誠意」を揚げる事として、機会ある度にスタッフにもそのように話してきた。
あれから何年も経ち、いつの間にか本当の誠意を見失っていないか、皆さんの意見をお聞きするのが怖いなと思っている。
誠意を実行するには、それなりの気力、体力が重要で、それが最近はいささか心もとなくなってきているから・・。

■ゆとりある生活
 私はこれまで、いくつかの企業で社員教育の一環としてストレス問題を講演してきた。その度に、ストレスの影響、ストレスの対処、などについて話をしろと言われるが、これだけ毎日の生活の中にストレッサーがいっぱいだと、もう何をどうすれば良いのかすら分からなくなる。
暮らしは一向に楽にならず、世代が違うと親も子供も相手の考えている事が分からなくなり、老後は全く想像つかないほど暗く思える。
そんな毎日の中で、何をどうすればストレスから解放されると言うのだろう。
厄介な問題である。
これらを解決する方策がない訳ではない。
各界の著名人や知識人の方々が色々な機会に色々な事を教えてくれているし、それはそれで正しい事だなとは思う。
ただ全ての人に有効な万能な方法などある訳ないのだから、自ら選択しなくてはならないし、元より、溜まったものを発散する事に対して、いつも関心がなければ使い物にはならない。
 比較的、誰もが納得するストレス発散としてのキーワードの一つに「ゆとり」がある。
焦りの反対のゆとり。
良い響きだと思われないだろうか。
私達はいつも生活に色々な意味でのゆとりが欲しいと思っている。
しかしその反面、それをどう実現すればいいのか漠然とし過ぎていて良く分からないというのが本音だろう。
ちょっと買い物をしたらゆとり? ちょっと旅行したらゆとり? 運動したり習い事をしたらゆとり? ゆとりって、欲しいとは思うが、正体はよく分からない。

■時間の流れ
 実は昨年、年末年始の休みの取り方を従来から変更することにした。
昔からお付き合いいただいている方々には、こぶしがお盆と正月には一週間休診になるという事に無理矢理慣れていただいたが(申し訳ない)、亀川先生が来られてからは、医師のお盆休みを交代制にして、クリニック自体の休診日を3日間のみに抑えた。
それと同様の手法を年末年始にも取り入れる事にしたのである。
だから今回の年末年始の休診は12月31日と正月3日間だけになっている。
(その分、夜間診療ができなくなっているけれど)
 この休みを利用して、今回私は道内のある所に”こもる”事にした。
そこには時計がなく、自分を取り巻く環境が日常とは一変している。
実はこれを書いているのが、その場所なのだが、ここにいると最初は時間ばかりが気になり、今自分が何を成すべきかばかりが気になっていた。
 しかし、それに慣れてくると不思議なもので、段々と時間はどうでもよくなり、外が薄暗くなってくることや静寂の中にかすかにする物音などが、自然と体に染み込んでくる事が分かるようになってきた。
 雪がひらひらと舞い落ちる様を見て、雪ってこんな風に降るんだったな、なんて思ったりする。
自宅にいたら、除雪がどうとか通勤に支障がとか考えているところだろうけれど、時間の意識が薄れるここでは、ただただ目に見えるものや耳に聞こえるものが素直に感じられて、これぞまさに「ゆとり」だと思ったのである。
 前置きが長くなったが、とりあえずのゆとりを得るためには、この時間の感覚が大切ではないかと思うのだ。
私達の生活の中では実に数多くの時間の区切りが存在する。起床時間、出社時間、退社時間、食事の時間、ドラマを見る時間、家族団欒の時間、就床時間、などなど。もちろんこれらは生活リズムを維持するという点で重要な要素である。
これは守らなくてはならない。
だが、毎日の生活に疲れた時、本音を言えば逃げ出したいと思った時、新天地や新生活を夢想する事が多くなった時など、そうした時はどうするか。
生活リズムは大切だけど、まさにゆとりが欲しいと思った時は、一体どうするか。
 こういう時こそ、時間から解放される事が必要だなと思う。
一日の仕事を終え、あるいは家事を終え、これからゆっくりしようとする時に、一日くらいはTVを消して、時計を裏返し、時間の分からない空間の中でボ~ッとしてみるのはいかがだろうか。好きな本を読んだり、音楽を聞いたり、日記を記したり、一日を回想してみることも良いだろう。
腹が空いたら何かをつまみ、眠くなったら寝る。
そんな一日があっても良いかなと思うのだが、そんな余裕すらないとおっしゃるだろうか。
 最初は強制的でないと中々うまくいかないかもしれない。
だが、どんな事でも最初からうまくいく事は少ない。
何度か試みているうちに自分にとっての心地良い時間の流れが見つかるかもしれないのだ。
その時こそまさに、
ゆとりの一端を手に入れられた時なのだろうと思う。

■今年は
 今年はどんな一年になるだろう。
どなたも懸案事項の一つや二つはお持ちだろう。
それらが解決するか、持ち越すのか、また、幸せがやってくるのか、苦労するのか、いずれにしても考えたり悩んだりして、ストレスからは解放されそうにない。
ストレスから逃れられないのなら、少しでも発散する事を考えたい。そのヒントは案外、身近に転がっているかもしれないと思うのだ。
 皆さん、今年もこぶしをよろしくお願いいたします。