こぶし

こぶしだより 1999年09月号

1999年09月
発行こぶし編集部
第134号

『親子の関係』
藤田 毅

▼暑かったですね
 今年の夏は本当に暑かったですね。夏生まれの私もさすがにダウン気味でした。
皆さんの中にも夏バテをされた方が多かったのではないでしょうか。
 ところで夏といえば、夏休み。私にもいろいろな思い出がありますが、もちろん楽しいことばかりではありません。病気の治療がいい例ですが、普段は時間が取れなくて病院に行けないから、夏休みに受診しようと思われる方がたくさんいらっしゃいます。
眼科や耳鼻科は典型ですね。もちろん、こぶしも例外ではありませんでした。
 そういう訳で、この時期には学生さんの受診が多くなったりするのですが、それに関連して、親子関係の問題を含めて日頃何となく感じていることを書いてみます。

▼親子の関係
 学生さんはお一人で来られることもありますが、多くは親御さんとご一緒のことが多いですね。で、時には親御さんのお話を伺うのですが、その時に感じるのは、絶望感とあせり、困惑でいっぱいの方が多いということなのです。
親としては「どうしてうちの子が?」となるのでしょうが、それはそれは困り果てているのです。「親ではどうにもできないから、先生何とかしてください」という訳です。
 なるほど確かに、自室にこもりっきりになったり、暴れて壁に穴をあけたり、それはもう、どうしていいのかわからないという気持ちになるのも無理はないのかもしれません。
でも、本当に困っているのはお子さん自身のはずです。
ところが、逆に親に困惑されては、まるで自分が厄介もののモンスターのように感じてしまっても不思議ではありません。
 ではどうしたらいいか。
これには私たちも明確な答えを持っているわけではありません。でも、気をつけていきたいポイントはあるはずです。そんな話を少ししましょう。

▼なぜ「ダメ」なのか
 親子の関係に限ったことではないのですが(例えば、上司と部下とか)、問題が見過ごせないほど大きくなると、「ダメだ。どうしようもない」と決めつけてしまっていることが少なくありません。「1年生の時はこんなに素直で頑張り屋だったのに、今のあの子といったら・・・。これからいったいどうなってしまうの? 未来は絶望的だわ。」という具合で、全か無か、100%か0%かという風に思ってしまうわけですね。
 でも常識的に考えて、世の中"全か無か"なんてことは、そうそうあるわけではありません。皆さんもそうでしょうが、私も「もうこれはどうにもならない」と思った経験は今までいくらでもあります。でも今はこうしている。全くどうしようもないという事態は、かなり稀なのではないでしょうか。
 ダメだと思ってしまうのは、自分の予測されていない事態に巻き込まれたからです。これからどうなっていくか想像つかないためにパニックになっているのでしょう。でもちょっと深呼吸でもして、どれくらい「ダメ」なのか、何割ダメなのか考えてみましょう。ほら、きっと100%ダメなのではないと思いますよ。
 そして、これからが大切なのですが、今こういう事態(あなたにとっては絶望的と感じている事態)になってみて、"何が変化したか"を考えてほしいのです。もちろん悪いことばかりではありませんよ。良いことだってあるはずです。
え? 
何もないですか? そうですか? 例えば、学校に行かなくなり、ずっと部屋にこもりっきりで、テレビゲームばかりやっているとしましょう。
「こんなことばかりしていても・・・」と思うでしょうが、それほど何かに集中している我が子を見たことがあるでしょうか。それに親御さんが少しでもホッとするような行動を一切とらないでしょうか? あ、やっぱり良い子だなと思う瞬間は皆無なのでしょうか?

▼問題解決志向型
 従来、心の問題を扱うということは、精神分析療法の普及で"心のゆがみを生んでいる原因は何か"を考えることだというイメージを一般的には持たれているようです。精神分析療法はもちろん優秀な、かつ難しい療法ですが、一般には誤解されている部分が少なくありません。どんな問題も心の中を探り、子供の頃の原因を見つければ何とかなるという風に思われたりしています。
 しかし現実はそう甘くはなく、原因を突き止めてもそれをどうにもできない状況では、下手をするとさらに絶望的な気分を招いてしまうこともあるでしょう。
 そこで、原因はひとまず置いておいて、今の状況から少しでも良いと思える要素、希望が持てる要素を見つけ出してみましょう(この子は本当は素直な子なんだけど、とか)。
それは未来につながるものかもしれません。えてして悪い要素が多いと、頭の中はそれで一杯になってしまい、他のことが見えなくなってしまうものです。でもそれでは親も子も救われません。何か良い要素を見つけ、お子さん自身が気を楽に持てれば、こんなにいいことはないと思いませんか。
 親御さんがそういう気分になって、ゆとりを持てることは大切なことですが、もっと大切なことは、このような期待できる要素を安易に親が子に示すのではないということです。そう、お子さん自身が気付いていかなくてはなりません。
今は100%絶望なのではないとか、今の学校に行く以外の道もあるのではないかとか、そういう次につながる発想を支援していくのですね。

▼これまでの努力  今の状況ではどうしようもないという時には、周囲から見ると、しばしば何の努力もなされずに崩れるように悪くなってしまったと思われがちです。
でも、
それもちょっと考えればおかしな話で、本人も全く努力せずに手をこまねいていた訳ではないでしょう。
 その努力を認めてあげなくてはいけません。
しかしそうはいっても「大変だっただろうね」と同情するだけで終わっては意味がありません。
ここはぜひ「どのように頑張ったのか」を考えてもらうよう促したいものです。
どう頑張ったのかを言えることで、自らも「結構やってきたんだ」と思え、自信につながっていくことがあります。

▼罪を憎んで人を憎まず
 問題がなかなか解決せずに長引いていたりすると、しばしば周囲のものが疲れてきたりします。その結果、わかってはいるのだろうけれど、問題の主に対して嫌悪感を抱いてしまうことが少なくありません。しかし、好き好んで問題児になっているはずもなく、自分の全人格を否定されるような扱いを受ければ、誰だって立ち直る気力を失ってしまいます。
 問題となっている事項だけを取り出して、その人の人格や良いところと区別して考えることも一つの手です。例えば、とてもイライラして暴力的になるとします。その暴力を働く手が悪いとか、その人の中の辛抱強くない部分が悪さをするとか、そう考えて相手の正常な人格とは切り離し、その悪い部分をなくしていけばよいのだと考えるわけです。

▼気をつけたいこと
 他にも気をつけたいことがいくつかあります。たとえば、異なる意味合いのプレッシャーを与えてしまうことですね。
「学校は無理して行かなくてもいいんだよ。でも単位は危ないねえ」なんて・・・。行かなくてもいいと考えるなら、親も腹をくくらなければなりませんし、どうしても行かせたいなら、そう怒り続ける方がまだいいかもしれません。
 また、「そんな生活ばかりしているとお父さんに怒られるよ」というのもよくありますね。怒っているのは話をしている当の本人なのに、誰かのせいにしてしまっていますね。
そろそろ紙面が尽きてしまいました。今回はこのくらいにして、あとはまたの機会に。(またの機会にという話題が過去にいくつもあったみたいな気が・・・(笑))

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読者の広場
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『ノストラダムスより怖いウツ』
春暁眠子

 1999年の7の月も終わり、外れそうなノストラにはIcemanの『DEVIL CRY-MAX』(名曲です)でも捧げておくとして、9月になると私にはノストラより怖いものが来る。それは、突然やって来るウツだ。
 このウツという厄介な奴、何せ私の好むと好まざるとに関係なくやって来る。自分の中に突然発生することもあれば、家族を含む人の言動によってやって来ることもある。誤解のないように言うと、うちは家族仲はすこぶる良い。それでもやっぱり人間である以上、お互いに気分を害してしまうことも仕方がない。
家族にしてみればウツが来たら食事中でも黙り込んでしまう私はかなり扱いづらい存在だと思うが、その他には外部からの刺激、つまり他人の言動…これはキリがない。今年の2月、札幌駅でいきなりエステシャンと名乗る女性に腕を掴まれ、「あなたは下半身水太り!!」と言われ、延々エステの勧誘をされた。
過食症で治療中であることを言っても諦めない女性を振り切って逃げたものの、翌日には案の定、ひどいウツで起き上がれなかった。「あんな女のせいで仕事休むなんてバカらしい!!」と思い直して、午後から出勤した時はちょっと自分を褒めたくなったけど。
 秋にウツがひどくなるのは日照時間が短くなるからとかで、妹は「タイヤキ買ってあげるから」等と何とか私を日光の下に出そうと頑張ってくれたりする。私も、日中は積極的に日光を浴びられるようにバスの座席にも気を配る。アロマキャンドルとハーブティーも沢山用意しなくては…。こうして、少しずつ毎年恒例の秋のウツに備える。編み物は嫌いだけど、春から始めた洋裁もいい気分転換になるかも知れない。
 どんなに頑張っても、ウツは突然降ってくるんだから仕方がない。来る日を予言してくれるノストラの方がまだ親切かもしれない。とりあえず、いつ来るかわからないウツ殿のために、薬と回復アイテムを備えておこう。
備えあれば憂いなし…。奇しくも、秋の防災標語と一緒である。(笑)    

≪食のシリーズ 7≫

『アルコールを考える
2-肝臓の巻-』
ネコ吉
 「ほどほど」の難しさ、について道新に記事が載っていたのだけれど覚えている方はいるでしょうか?(書いていたのはゲームが好きで有名な精神科医。)「ほどほどのポイントはどこにあるのか。」でこの文章は閉められていあるのですが。
 「がんを防ぐ12か条」というのが国立がんセンターから出ていて、「お酒はほどほどに」と4条にあり、やっぱり「ほどほど」が使われています。でも、アルコールを「ほどほど」に飲むなんて難しいと思いませんか?(飲めばほどほどなんて忘れてしまいますもんね。)
 ほどほどの量のお酒とは健康な人で日本酒なら1合(コップ1杯)、ビールでは大ビン1本、ワインですとグラス2杯と一応考えられています。
少ないと思います?では日本酒ならときどき2合まで許しましょう。でも、週に1、2度は飲まない日が必要になります。
しかし、1合は203キロカロリー。
それもカロリー以外は栄養素を含まない、エンプティーカロリー(見かけだけのカロリー源)で、好ましく無い栄養源と言えます。
ではどのように好ましく無いのか?のかは、アルコールは体に入ると、胃や空腸で吸収されてから肝臓に運ばれます。アルコールは体内に貯蔵されないので、肝臓ですべて代謝されます。(アルコール1グラムあたり7キロカロリーの熱を生産します。)言い換えると「肝臓にかなりの負担がかかる」との事なのです。
アルコールが体の中に入ると肝臓がアルコールを処理するのに夢中になって、本来の仕事が手抜きになってしまい、肝臓に脂肪が溜まってしまう事が起こるのですが、それが悪化すると脂肪肝って言う病気になります(肝臓に過剰な量の脂肪が沈着した状態。)脂肪肝になってからさらに飲み続けると、肝線維症-アルコール肝炎-肝硬変とすすんでしまって死に至ります。
ですからアルコールによって肝臓に障害がある、と知った時点できっぱり禁酒しないとならないのです。(もちろん早期発見のために定期検診を受けて下さいね。)
 肝臓にしてみれば「ほどほど」なんて無くって、アルコールが入ってこないのが1番良いのですが、それでも飲みたいと思う方はおつまみに工夫が必要です。タンパク質、ビタミン豊富なおつまみだと肝臓の負担もちょっと和らぎます。
おすすめとしては、冷ややっこ、焼きとり(レバー、砂肝、ささみ、野菜)、まぐろの山かけ、サラダ、って感じでしょうか。
 ほどほどに飲む、って難しく・・・なってきました。

■ お 知 ら せ
不登校を考える
『子どもの心とどうかよいあうか?』
 講師
市立札幌病院静療院医長
田中 哲先生

●とき 9月19日(日)午後2時~4時

●ところ かでる2・7 7階710会議室(札幌市中央区北2条西7丁目)

●さんかひ 会員300円  一般500円

●れんらく 不登校の子どもをもつ親の会「トポス」
電話 011-721-2008

■ お 知 ら せ
第33回北海道精神障害者家族大会
「みんなで歩いて道をひらこう!ー北の大地に生きるまちづくりをめざしてー」
講 演   「異常をはかるものさし」 なだ いなだ氏(作家・精神科医)
シンポジウム 「家族会づくりからまちづくりへ」 

●日時 平成11年9月12日(日) 午前10時~午後3時半

●場所 ホテル・サンプラザ (岩見沢市4条東1丁目6番1号)

●参加 参加無料、一般の方歓迎
   

●問合せ 第33回北海道精神障害者家族大会実行委員会事務局
岩見沢市8条西5丁目 岩見沢保健所保健指導課内
Tel0126-23-2231(内線3677、3678) Fax0126-22-2514

■ お 知 ら せ
第34回日本アルコール・薬物医学会総会
市民公開講座

1. 講 演 「お酒と健康」 
 講師 高瀬修二郎先生・齋藤利和先生・加来仁先生
 ◎日時 平成11年9月 9日(木) 午後6時~午後8時

2. 講 演 「依存性薬物から子ども達を守ろう」 
 講師 和田清先生・勝野眞吾先生・高桑茂先生・山本弘史先生
 ◎日時 平成11年9月10日(金) 午後2時~午後5時
 ●場所 札幌市教育文化会館 大ホール
 (札幌市中央区北1条西13丁目)
   ●参加 入場無料、皆様ご自由にご参加下さい。
      ●問合せ 第34回日本アルコール・薬物医学会総会事務局
札幌市中央区南1条西16丁目 札幌医科大学医学部神経精神医学講座内
Tel011-611-2111(内線3519) Fax011-644-3041