こぶし

こぶしだより 1999年06月号

1999年06月
発行こぶし編集部
第131号

『農業・農村のメンタルヘルス』 三田村 幌

●このテーマを語る意義
 先日ある農村地域でメンタルヘルス(以下MHと略)の講演を依頼された。
当院は地域がら農家に働く患者さんの通院も非常に多い。
そこで気軽に講演は引き受けて終了したのだが、一般企業のMHと比較するために手許の産業MH関連の本を開いてみた。
もっと早く気づくべきだったが、産業MHといってもそこで農業のそれを書いているものは一冊もなかった。
 産業医学が叫ばれて久しい。
戦後まもなく北海道や長野県を中心に農村医学会が作られ、その分野の魁となった。
しかしその中でMHが重視されるようになった今日、農村医学は等閑視されている。
背景には戦後の政治経済情勢・産業構造の変化云々があるのだろうが、多くの患者さんを眼前にして、私もここでのお付き合いの経験をもとに頭の中を整理してみよう。

●患者さんの姿
 次に8名の患者さんを紹介しよう。といっても、それは実際の8人の個人ではなくその何十倍もの患者さんからその特徴をまとめて作り出した「モデル」である。
1.農業後継者  脱サラして農家に戻り跡を継ぐ。重労働、怪我も多い。
地域に馴染めず、仲間も作れない。
両親は老い、借金だけ残る。心身を病み都会から帰る者も多いが、これが待ち受ける現実。
ある者は決心し土地も品種も拡張した。
しかし天候も含めて、期待する結果にならない。先が暗い。
2.農村の若者 月給もらってアフター5を楽しみたいが無理な話か。
彼女が欲しいが、チャンスもない。
青年団は恒例の繰り返し。
未来を語り合えない。
外国の酪農を視てきたが余りの違いに驚く。
治水だ、道路整備だ、農地も削られ家屋も移動、新たな借金が増えるだけ。悲観的にしかなれない。

3.農家の息子
高卒後跡を継いだが、都会に働く級友が羨ましい。
仕事は辛く技術を学べと言われても、親父のようにはいかぬ。
大学出も然り。
親が農家に見切りをつけ、これで自分も解放と思ったが、残る借金と土地の始末。
就職先も無い。あるサラリーマンは週末実家の農作業で休日返上。

4.農村の妻  農家に嫁いだ。夫も良く働くが、幾つになっても舅姑が上に君臨。農閑期には親戚がうるさい。実家に逃げ帰っても追い返される。
夫とともに農作業もするが、それに家事・育児、果ては呆けた舅の世話。夫は解ってくれない。ある妻は姑から「嫁は借り腹」とまで言われた。

5.農家の姑
息子に嫁が来てくれた、この厳しい農家に、暗い農村に。
多少のことは我慢しなくてはならない。自分が嫁いだ頃は辛かったけれど、我が侭娘が一人増えたと思って。
しかし文句の一言も堪えれば、胃は痛むし、眠れなくなるし、胸が苦しくなる。どこかに誰かにこぼしたい。

6.農村の老人
思い切って息子に全てを渡した。
息子流の方法で自分はただ手伝うだけ。
いろいろ言いたいが我慢。
自分の小遣いも冬の出稼ぎで賄う。
しかし腰を痛めて今年はそれも無い。
ある者は妻が病気に。
子供たちは都会へ。
一人で妻の世話と、縮小せざるを得ない農作業とに追われている。

7.農業地帯の子どもたち
農家はいや。
統合された学校は遠い。
高校に行くには往復何時間も。
部活も補習も不参加。
友達の家も遠い。
少数学級は友人関係がこじれると進学しても修復もままならず、かといって別の場を選べない。
都会の高校に行くと、その雰囲気に合わせることにも疲れる。

8.農協に働く
幹部として働き、バブルがはじけて不良債権整理に追われてうつ病に。
一度は組織でバックアップすると言われたが、結局一人相撲で退職。
ある人は農協統廃合で頑張りすぎてうつ病。
ある人は人事に振り回され、引き継ぎや指導を得られぬままに沈殿。
ある人は、農協が協同組合から膨大になったが、複雑でかつ組織的に洗練されていない、行政に振り回されていると嘆く。

●背景に流れる農業ストレスと現代社会
 もちろん患者さんたちはこうしたことを相談するために診療所に来るのではない。
多くは抑うつ状態、心因反応、身体的愁訴(ストレス性障害)として受診するのだが。

A.ストレスの教訓から ストレスの動物実験からの教訓に
①ストレスは身体的に病ませる
②自分で制御できれば被害は少ない
③制御が複雑すぎると被害は大きくなる
④系統的に訓練すれば耐性が出来る
⑤心理的ストレスは被害が大きい、というのがある。人間の、そして企業MHを考える重要なポイントだが、そのまま農村人にも当てはまる。特に仕事の制御、訓練、心理問題はよくよく考えねば。

B.ストレス対策から
道新連載「職場からメンタル119」(34)に「組織全体でストレス対策」を書いたが、それもこの教訓の裏返しである。家族、農村、農協という生産組織にもそのまま当てはまる。 ①系統的訓練体制の確立
②役割と責任の明確化
③システムの簡素化
④仕事・個人の将来に明確な展望を示す
⑤仲間同士のコミュニケーション、を挙げたが、先の事例をこれらに照らして考えてみたい。

C.農業と病める現代
 しかし仕事の制御、訓練、展望、コミュニケーションといっても個人や医療でどうにかなるものではない。
私は農のシロウトで、皆さんからの聴きかじりを整理するだけだが。

1.「自然」の制御?  農業で制御と言っても「自然」が相手。悲観的にもなるが、古老は一年一年に一喜一憂しないで何年かのスパンで考える。化学肥料や農薬で自然を制御できると思うな、とも。なるほど気温や降水量、日照時間はどうか。先輩とのコミュニケーションは多くの知恵を得られるが。

2.都会に若者は惹かれる  東京には日本人の一割が集中し、札幌には道民の二割以上が集中する。どうしても地方や農村はなおざりにされていく。若者は都会へ、そして農村地帯は高齢社会になる。未来が一層暗くなる。若者が考えなおし、行政が根本的に考えなおさねばならない課題である。

3.軽視される第一次産業  かつて日本人の大半が農民であり、産業の大半が農業だった。今日それが完全に逆転している。しかしいくら情報産業やサービス産業が発展しても、それでお腹は満たされない。農業が悠々と成り立ち、そこに働く者に誇りと展望が持てなくては抜本的対策にはなるまい。

4.対抗する組織の脆弱性?  こんな話をシロウトの私がしてもダメ。農業を基盤とする自治体や農協などが頑張っているのだろう。しかしそこに働く人たちにストレス性障害が多い。また農家の若者に「北農五連」について聴いても彼らにもその組織が解らない。北海道には誇るべき農民運動の歴史があるという。行政任せとせず現場から組織をしっかりさせて、若者や私たちにも見える農業を! はたして悲劇ばかりか? =事例の背景=見なおされる農村と農業

 話を大きくしないで再び患者さんに帰ろう。
実は先のような患者さんの悩みを聴きながら、でも農業・農村ってまだまだ大丈夫だな!と思うことも多い。

1.農村に故郷がある  結構、身体を病み心を病んで帰郷したという人たちがいる。逆に言うと皆さんには帰る故郷があった。そこで心と身体を癒やし再出発に悩んでいるのである。(一方に離農の外圧もあるが。)またある地域では相当に精神的に病んでいる者でもギリギリまで許容出来ている。

2.農家に家族がある  結局、ここに家族がある。家族の持つ旧弊が災いして当院へ受診している者も多いのだが。一方に都会を中心に家族の崩壊がマスコミを賑わせている現代である。家族の持つ旧さから家族そのものを否定するのではなく、そのあり方を考えなおすべきなのだろう。

3.農村には地域社会がある  周囲の桎梏に悩む患者さんも多い。一方、地域に馴染めずに悩むUターン組もいる。結局ここには地域社会がまだ残っている。これもただ否定さるべきものと考えるのでなく、今後のそのあり方を考え、若手と組織を軸にコミュニケーションを図るべきなのだろう。

4.農村に自然がある  まだまだ豊富な酸素が、オゾンが、水が、緑とともに蓄えられている(最近環境ホルモンも心配されてはいるが)。自然の中で子どもたちの学ぶ場も多い(ここにも少子化、過疎化が難しい問題を出してきているのは事例にも判る通り)。都会よりも本当の教育を考え得る。

5.農業は産業の基本である  事例に登場しない多くの農家の患者さんからも多くを教えられる。農業が最も基本的で不可欠な人間の生産活動であり、文化の基本の「食の文化」の作り手である誇り。事例の中の都会をめざす若者にもバブル後の仕事は少ない。(しかし農業政策にも不安はあるが。)

●おわりに
 精神科医の立場では、症状に投薬をしてそれを軽減し、回避できるストレスはそれを回避することを勧める。
しかしそれには限界があり、漫然と投薬を続けることにも悩みを伴う。
願わくば、周囲の人間と組織とともにストレス対策を講じられること。
さらに自分の置かれている状況を積極的に前向きに受け入れることでそれを克服できることを願う。
更に問題が大きなものであろうとも、それに立ち向かう気概は意義がある。ストレス研究の立場からも、これらは全てストレス性障害を軽減する。
 これからも診察室で、こんな視点でいろいろとお話ししていきましょう。

■付記
 ちょっと「食の文化」に触れたけれど、「医食同源」「食薬同根」というのは漢方医学に限らず健康医学の基本。「こぶしだより」にも、札幌の診療所に出入りする読者から最近「食のシリーズ」の寄稿をいただいてます。
それを読みながら、食事をしながら、心を農林漁業の人たちに馳せるのも良いでしょう。是非、札幌圏の都会の読者も! そういえば今年も新鮮で美味しい山菜を沢山食べた。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

~ 読者からお知恵拝借 ~

<<食のシリーズ 4>> 『不眠対策 2』 ネコ吉
 不眠に効き目があると言われる食品は牛乳の他に色々あります。卵、魚(いわし、鮭、まぐろ)豚肉、納豆、豆腐、ごま、くるみ、ピーナッツ、ひまわりの種(ナッツ類)、牡蛎、たまねぎ、セロリ、バナナ、ユリ根。TVではレタスが効果があると言ってました。他にも上げればまだまだあります。
 これらの食品がなぜ効き目があると言われているのか考えてみると、
 ・カルシウムを多く含む。また吸収を促進させる。
 ・ビタミンB群を多く含む。また吸収を促進させる。
 ・ビタミンCを多く含む。
 ・吸収の良いたんぱく質。
 これらの意味合いがあって「不眠に効き目がある」と言われるようです。
カルシウム、ビタミンB、Cは欠乏するとイライラする、神経過敏になるとあり、ファストフードやインスタント食品に頼った片寄った食生活ではこれらのビタミン・ミネラルが欠乏しがちになります。
 夕食にたんぱく質が豊富な食事をとる事も「安眠」をさそう、トリプトファンを摂取する意味もあるのですが、高脂肪な肉類の重い食事を寝る前にとってしまうと、安眠は出来ないようなので、消化吸収の良い、乳製品、卵、魚、牡蛎、納豆、豆腐がやはりおすすめになります。(豚肉は肉の中ではビタミンBを多く含む食品でもあるので、脂肪の少ない部分の肉を食べるといいでしょう。)
 なかなか難しいように感じるかもしれませんが、結局の所、日頃からバランスのとれた食事を心がければいいのです。
 でも、現代の食生活事情からは「バランスのとれた食事」は難しいのでしょうか?いえ、ちょっと上記の食品を加えると違ってくると思いますよ。ファミリーレストラン、コンビニでも色々なメニューがある時代です。ビタミン剤ではなく食事から栄養をとる方が心にもいいはずです。
 さて、今日の夕食は何にしましょうか? 

◎◎あとがき◎◎
 今回は、慌ただしく作り上げた「こぶしだより」です。
無理矢理詰め込んでしまいました。
小さな活字ばかりでスミマセン。
でも最後まで読んでくださいネ! (M)

                  (藤田)